嵯峨天皇の漢詩

【神泉苑花宴賦落花篇】 嵯峨天皇御製
            「凌雲集」より

過半青春何所催    和風數重百花開

芳菲歇盡無由駐    爰唱文雄賞宴來

見取花光林表出    造化寧假丹青筆

紅英落處鶯亂鳴    紫蕚散時蝶群驚

借問濃香何獨飛    飛來滿坐堪襲衣

春園遙望佳人在    亂雜繁花相映輝

點珠顏綴駘鬟吹

人懷中 嬌態閑

朝攀花 暮折花

攀花力盡衣帶賖

未厭芬芳徒徙倚    留連林表晩光斜

妖姫一翫已為樂    不畏春風總吹落

對此年美絶何憐    一時風景豈空捐

○書き下し文

過半の青春 何の催ほす所ぞ
和風数(しばしば)重(しき)りて 百花 開く。
芳菲(ほうひ)歇盡(けつじん)するに
駐むるに由し無し
爰(ここ)に文雄を唱(よば)ひて
賞宴に来たる

見取す 花光 林表に出づることを、
造化寧(なに)ぞ仮らん丹(たんせい)の筆
紅英(こうえい)落つる処 鶯(うぐいす)乱れて鳴き、
紫萼(しがく)散る時、蝶 群れて驚く、
借問す 濃香 いづこより独り飛ぶかと、
飛び来たりて坐に満ち 衣に襲(つ)くことに堪へたり。

春園遥かに望めば、佳人あり。
乱雑繁花、相映じて輝き、
点珠顏綴、駘鬟(たいかん)として吹く。

人懐の中、嬌態閑(しず)かなり。
朝に花を攀(よ)じり、暮に花を折る
花を攀じる力尽き、衣帶ゆるく

未だ芬芳(ふんぽう)を厭はず、
徒らに徙倚(しい)す。
林表に流連し、晩光斜なり。
妖姫一たび翫(もてあそ)び
已に楽となす。

畏れず、春風総て吹落することを。
この年美に対し、絶えて何をか憐れまん。
一時の風景、あに空しく捐(す)てんや。