重陽節

 【重陽節菊花賦】 
             嵯峨天皇御製 「経国集」より 

白蔵気季 玄月天高
霜零漂漂 商風騒騒
観物理於盛衰兮 知造化之異時
林何樹而不揺落 原何艸而不具腓

豈若芳菊神奇
在枯獨滋 蔓延靃靡 縁岸被坻
花実星羅 茎葉雲布
香飄朝風 色照夕露

於是日当重陽 高宴華堂
正開玳蓆 傍引賢良
陽随桓景而訪古 就陶潜以命觴
摛賞心於翰墨 聴絲竹之清商

于時衆芳彫、寒菊咲
殊蓊鬱、獨照曜
或素或黄 満庭芬馥

淑媛望兮移歩 妖姫歓兮属目
攘溺腕而採嫩 擢繊手以摘花
珠顔俄爾益艶 雲髻忽焉重釵
期採摘於盈把兮 爰逍遙乎日斜

亦有鍾生称其五美 屈子飡其落英
翫神仙之霊薬 忘塵俗之世情
感雁序於薄晩兮 傷落葉乎秋声
時属長年之多歎 還欣斯花之延齢

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○書き下し文
 重陽節菊花の賦

白蔵、気季に、玄月、天高し。
霜零、漂漂たり、商風、騒騒たり。
物理を盛衰に観、造化の時を異にするを知る。
林は何れの樹か揺落せざらん、
原は何れの艸か具に腓せざらん。

あに若かんや、芳菊の神奇、 
枯に在って独り滋り、
蔓延靃靡(すいび)し、 岸に縁り坻に被り、
花実、星羅し 茎葉、雲布し
香、朝風に飄り(ひるがえり) 色、夕露を照らすに。

是に於て、日、重陽に当り、華堂に高宴す。
正に玳蓆(たいせき)を開き、傍に賢良を引く。
陽に桓景に随ひて、古を訪ひ、
陶潜に就いて、以て觴を命ず。
賞心を翰墨に摛べ、 絲竹の清商を聴く。

時に衆芳彫み、寒菊咲き、
殊に蓊鬱し、独り照曜す。
或は素く、或は黄に。
満庭芬馥たり。

淑媛、望みて歩を移し、
妖姫、歓びて目を属す。
溺腕を攘げて、嫩を採り、
繊手を擢かして、花を摘む。
珠顔、俄爾として艶を益し、
雲髻、忽焉として釵(さい)を重ぬ。
採摘を盈把に期り(ちぎり)、
爰に日斜に逍遙す。

亦、鍾生、其の五美を称し、
屈子、其の落英を飡する有り。
神仙の霊薬を翫び、 塵俗の世情を忘る。
雁序を薄晩に感じ、 落葉を秋声に傷む。
時、長年の歎多きに属し、
還って斯の花の齢を延ぶるを欣ぶ。

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※注釈
白蔵(はくぞう)…秋のこと。
商風…秋風のこと。
靃靡(すいび)…草が弱弱しく風になびくさま。
星羅…星のように連なっていること。
雲布…雲のように広い範囲に敷き詰めること。
觴…さかずき
絲竹…和楽器の総称。管弦。
蓊鬱(おううつ)…草木が盛んに茂るさま
芬馥(ふんぷく)…香気が盛んに漂う様
雲髻(うんけい)…女性の美しいまげ
釵(さい)…かんざし
逍遙(しょうよう)…一切の束縛から離れ自由気ままでいること。
雁序(がんじょ)…群れ飛ぶ雁の姿

○桓景(かんけい)について
 後漢の時代、中国の桓景という人は、師匠の費長房にこう言われた。
「9月9日に、お前の家は災厄に 見舞われる。
茱萸(ぐみ)の袋を腕にかけ、高い所に登って菊花酒を飲めば、災いから逃れられる」
9月9日に桓景が実践し、家に帰ると家畜が身代わりとなり亡くなっていた。
以後、重陽節には、高みに登り、茱萸をつけて、
菊花酒を飲むという風習が広まったという。

○陶潜 (陶淵明(とうえんめい)) について
中国、晋代の詩人・陶淵明は、菊と酒の愛好家であった。
「菊を採る東籬の下、悠然として南山を見る」
という田園暮らしに親しんでおり、菊園をひらいていた。
重陽節には菊の花が満開になり、友人を呼んで菊を愛でた。
宴が終わり、客人が帰るときには、菊を採って贈った。

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(参考・引用資料)
「嵯峨天皇紀」 大覚寺様 発行
http://japanese.china.org.cn/archive2006/txt/2002-04/18/content_2029612.htm
http://www.peoplechina.com.cn/zhuanti/2007-12/10/content_89664_2.htm