お知らせ

○3月22日 桜花宴・嵯峨天皇の御朱印 (4月下旬まで)

弘仁3年(812)2月12日(新暦では三月末)、嵯峨天皇が神泉苑に行幸して桜の樹をご覧になり、 文人達に詩を詠ませたのが、花見の始まりと言われています。 以後、嵯峨天皇は毎年のように神泉苑にて花宴の詩会を催されました。
嵯峨天皇が詠んだ漢詩は凌雲集などに収められ、平安京の春の趣きを現在に伝えています。
神泉苑花宴賦落花篇 嵯峨天皇御製

○3月8日 神泉苑祭 稚児行列の募集をしております

神泉苑祭のお稚児さんに参加してみませんか? 千二百年の歴史ある神泉苑でお子様の健やかな成長を祈り、みやこ路を練り歩きます。
5月3日 9:00〜10:30 化粧・衣装渡し
    13:00 社前御祈祷
    13:30〜14:30 お練り
お申し込みはこちらをご覧ください。
 参加費 5,000円 4月25日締切

○恵方社御新調竣工のお知らせ

この度、歳徳神を礼拝する恵方社が新調完了いたしました。(2月18日)
御新調にあたり、皆様方の格別なるご浄財を賜り、厚く御礼を申し上げます。
新社への正念入れ法要も終え、真新しい銅板葺(どうばんぶき)の屋根が輝いております。
皆様のまたの御参詣をお待ちいたしております。
御寄進についてはこちらをご覧ください。

○2/26 桃の節句(上巳節)の御朱印(期間限定 3月20日まで)

3月3日は五節句の一つの「上巳節」(桃の節句)です。 古くは奈良時代、曲水の宴で詩会が行われたり、 平安時代には、貴族の子供が雛遊びを楽しみました。 また、3月3日や9月3日は、北辰(北極星)に灯火を捧げる、御燈という儀式が行われていました。

○2月11日 静御前特別御朱印 銀墨入り (終了しました)


静御前は源義経と吉野山にて別れ、鎌倉へ送られました。 その後鶴岡八幡宮で舞を舞い、歌を唄ったといいます。
「吉野山 峰の白雪 ふみわけて
        入りにし人の 跡ぞ恋しき」

冬季限定(3月10日まで)
墨書する文字は変わることがあります。


義経公 金墨入り 特別御朱印(終了)
3月10日まで

○2月3日 節分祭が行われました。


○平成31年 1月3日 恵方社御新調ご寄進のお願い

昨年九月の台風21号により、境内の恵方社は強風に倒れ甚大な被害を受けました。
仮修復を行いお祀りしておりますが、各部の傷みが激しいため、 この度新しくお社を請来することとなりました。
つきましては、皆様方の格段の御支援を賜りたく、謹んで お願い申し上げます。 御寄進についてはこちらをご覧ください。

○12/27 御守「恵方守」ができました。
歳徳神を祀る恵方社の御守です。 携帯すれば何処にいても恵方の神様のご加護を授かることができます。 一体500円、青色・桃色・白色。

○11/20 「鵜丸」の御朱印ができました。

鵜丸御朱印


鵜丸特別朱印 金墨入り(終了)
 期間限定 平成31年1月31日まで
 他の御朱印の金墨も1/31まで
源氏ゆかりの太刀 霊剣「鵜丸」
           (うのまる・うまる)
平安時代、白河上皇が神泉苑に行幸され宴遊の後、鵜飼(うかい)をご覧になられた。特に優れているという鵜が、二、三尺の物を咥えあげては落とし、ついに咥えて上がったのを見ると長覆輪の太刀である。上皇は不思議に思われ、「これは霊剣である。天下の至宝に違いない」として、「鵜丸」と名付け秘蔵された。
 上皇から鳥羽天皇、崇徳天皇へと伝わり、保元の乱(1156年)に馳せ参じた源為義へと下賜された。 為義は保元の乱で敗れ、鵜丸は朝廷に戻った。 平家都落ち(1183年)の際、平清経により 「鵜丸」と「吠丸(膝丸)」の二太刀を奪われるが、1185年、源範頼が九州で「鵜丸」を取り戻し、朝廷に献上した。 現在は所在不明である。(『保元物語』『吾妻鏡』より)

○11月23日(祝) 14時〜 御火焚祭が行われました。

増運弁財天と、矢剱大明神を御本尊とした
柴燈護摩(さいとうごま)が厳修されます。
願い事を書いた護摩木をお焚きあげし、天上の神様へと祈りを届けます。

以前のお知らせ

最新情報&更新情報


2019.03.08 お稚児さんの募集を開始しました
2019.02.22 龍王市(5/2〜4)募集を更新しました
2019.01.23 節分祭を更新しました
2019.01.04 アヒルの部屋を更新しました
2019.01.03 恵方社御寄進を更新しました
2018.12.27 授与品を更新しました
2018.11.07 神泉苑狂言平成30年公開の様子を更新しました